生稲晃子の乳がんの治療は抗がん剤?病院はどこ?症状と再発は?現在のステージは?夫と子供が支え?

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生稲晃子さんは、その昔、おニャン子クラブというアイドルグループに所属していました。1985年のテレビ番組『夕やけニャンニャン』から誕生したグループですが、プロデュースはAKB48同様、秋元康さん。
昔も今も、この人は女の子を集めてがっぽがっぽと・・・失礼しました。
でもホント、大人気グループだったんですよね。今調べてみたら、会員番号は52番まであったそうなので、そんな大勢いた中で、今でも活躍するのは国生さゆりさんや工藤静香さんや渡辺満里奈さんなど・・・。会員番号40番だった生稲晃子さんも、今や一児の母。そして、先日ご自身のブログで乳がんを告白しました・・・

生稲晃子の乳がんの治療は抗がん剤?

生稲晃子さんが闘病されたガンは、『浸潤性乳頭腺管がん』という病名です。

出典http://www.hochi.co.jp/

出典http://www.hochi.co.jp/

その治療ですが、乳がんにもいくつかの種類があり、多くの場合は『乳管がん』に分類されます。(5%~1割の割合で『小葉がん』というがんもあります)
このそれぞれに浸潤性と非浸潤性があるのですが、浸潤性乳管がんの中でもさらに、『乳頭腺管がん』、『充実腺管がん』、『硬がん』があります。
硬がんがもっとも多いそうですが、生稲さんがかかった浸潤性乳頭腺管がんの特徴は、このように書かれています。

a1型「乳頭腺管癌」:乳管内でがん細胞が成長し、周囲の組織にゆっくりと広がっていきます。そのため初期はしこりとして確認が難しく、乳腺は張ったような状態になります。Navigene(ナビジーン) 浸潤性乳管がんとは -乳がんの種類- http://navi-gene.com/bca/bca00011

治療方法は多くの場合、がんの状態によって様々です。
しかし、その治療法は外科治療(手術)、抗がん剤治療(薬物療法)、放射線治療に分けられます。
どのような治療法を選択するかは、本人の希望や医師の判断によって異なってくるでしょう。
生稲晃子さんの場合は手術により外科治療のほか、放射線と投薬治療も行っているようです。

右乳房に初めてがんが見つかったのは11年4月。03年に結婚した5歳年上の夫と小学生の長女(9)、ごく親しい関係者だけに打ち明け、仕事を休まず、5月に摘出手術を受けた。しかし12年夏、13年秋と2度がんが再発。医師の勧めもあり、13年末に右胸の全摘手術を受けた。その後は放射線、投薬治療を受け、先月乳房の再建手術を受けた。2015年11月10日6時0分 スポーツ報知 生稲晃子、乳がんだった!2度再発し5度手術で闘病4年8か月 http://www.hochi.co.jp/entertainment/20151110-OHT1T50029.html

これだけ読むと、投薬治療で抗がん剤投与を受けたかのように思えますが、2015年11月15日の公式ブログで、ご本人が抗がん剤治療を否定しています。

それから、皆さんのコメントの中にあった質問ですが、私は抗ガン剤は受けていません。
全摘手術が決まった時、覚悟を決めて髪の毛をバッサリ切ったのですが、先生から、逆に全部取ってしまい、中もギリギリまで薄く皮膚を残して取るので、抗ガン剤は考えなくていいでしょうと言っていただきました。
抗ガン剤のつらさ、お察し致します。生稲晃子オフィシャルブログ お知らせ|http://ameblo.jp/akiko-ikuina/entry-12095870072.html

現在、抗がん剤治療は行われておらず、ホルモン治療と通院による定期的な経過観察とのことでした。

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病院はどこ?

生稲さんが2013年も終わるころに乳房全摘出手術を行ったのは、もちろん再発が原因ではありますが、それには主治医からの勧めがあったからだそうです。
まだ小さい娘がいる生稲さん。こんな風に諭されたそうです。

主治医の女性ドクターは生稲と同年代。“娘さんが成人するまではお母さんが死ぬわけにはいかないでしょう”と諭され、いつも真摯に納得できるまで説明をしてくれる病院の姿勢を信頼し、’13年12月27日に全摘手術を受けることを決めた。女性自身 生稲晃子 5度の手術も…初めて明かす乳がん闘病4年8カ月 http://jisin.jp/serial/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%A1/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%A1/22121

このように生稲さんの身になって言葉をかけてくれるような病院は、理想的です。
生稲さんが手術、治療をした病院がどこなのか気になりますが、公にはされていません。
国立がん研究センターや、北斗晶さんも入院してたといわれる埼玉県立がんセンターなどのがん専門の病院から、順天堂大学医学部附属順天堂医院、聖路加国際病院など、いくつかの病院の候補が上がっているものの、正しく病院はどこなのかは、判明していません。

症状と再発は?現在のステージは?

さて、生稲さんの乳がんの症状ですが、最初に発見されたのが誕生日だったことから、健康診断のようなものだったのではないかと想像します。
この時のがんの発見は奇跡的と言われるほど早期で、そのほぼ一週間後には部分切除手術をを受けています。
あとは治っていくだけと、ご本人は思っていたそうです。
しかし、翌年夏、1回目の再発がありました。
この時の症状は、先ほどの女性自身の記事によると

しかし、翌’12年の夏の終わり、再発が判明する。右乳房の表面に「にきび」のようなできものを発見し、病理検査を受けた結果、悪性だった。再手術は日帰りで、最初の手術と同様に、がんのできた部分の切除術を受けた。前引用同サイト

このように、乳房にできものができたという状態だったようです。
この頃はまだ、がんのステージはⅠ期でした。5年生存率も98.2%と高いものです。

しかし、2度目の再発がありました。
次の再発は主治医によって乳房内で見つかっていますので、これは、症状よりも定期検診によるものだと思われます。
女性自身のインタビュー記事から、主治医の先生の言葉を引用します。

おそらくこれが最後の手術ではありません。次に再発をしたら、もう(命の)保証はできません。前引用同サイト

そうして生稲さんは右乳房全摘出を受けることになりました。
ステージはⅡ~ステージⅢAに該当すると思います。
5年生存率は72.48%~42.65%と、ぐっと下がります。

同じ乳房全摘出手術でも、生稲さんのは場合は、どちらかというと今後を見越して事前にという意味合いがあったとは思うのですが、乳がんはとても再発(転移)しやすい病気であるため、このように短期間にステージや状態が変化してしまいます。
現在のステージが軽くても、とにかく気を抜けない病気であることは間違いありません。

夫と子供が支え?

ところで、生稲さんは乳房再建手術も受けています。
インタビューではテレビに出るには、やはり再建はしたほうがいいだろうと考えましたとご自身の考えを述べていますが、とても辛い思いをされたようです。

術後はそれまでに経験したことのない激痛が続いた。手術時に、乳房再建を視野に入れ、生理食塩水を少しずつ足しながら、右胸の隆起を作っていく手法をとったためだった。どの方向を向いても寝られないほどの激痛で、夜を明かしたこともあった。このときすでに、乳がんの手術は4度目になっていた。前引用同サイト

こんなに頑張ってこれたのも、ご家族の、ご主人とお子さんの支えがあったからこそと思います。

出典http://ameblo.jp/

出典http://ameblo.jp/

彼女は2003年に現会社経営者の佐山智洋さんと結婚をし、2006年3月に長女を出産しました。子供の名前は佐山遥香ちゃん。はーちゃんと呼ばれています。学校は東洋英和女学院小学部とのこと。年齢は10歳です。
かわいい盛りですよね。

生稲さんは芸能活動の傍ら、夫の佐山さんと港区六本木に鉄板焼きの店「佐吉」を経営しながら、同じく港区に豪華な自宅を構え、娘さんと三人で暮らしています。
最近は心理カウンセラーとしての活動もなさっていて、忙しい身です。
しかし、生稲さんの病気と闘う意欲の元は、なんといってもご家族の存在でしょう。この先も再発の心配がなくなることはないかもしれませんが、がんに負けないよう、そして、同じ病気に苦しむ人の希望となるように、いつまでも元気でいてもらいたいなと思います。心から応援しています。
参考サイト 乳房について知りたい女性のために http://www.breast-hp.jp/women/mamoru/kosei.html
Navigene(ナビジーン) http://navi-gene.com/bca/bca00011
乳がんのき・ほ・ん http://www.nyuugan-info.com/4.8.html

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