ZARD坂井泉水の壮絶な病気と死因の真相は?子宮頸がんで全摘、肺への転移、抗うつ剤そして脳挫傷・・・

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2007年5月27日に亡くなったザードの坂井泉水さん。
歌手としてのデビューは1991年。
そして2007年まで代表曲『負けないで』を含む45枚のシングル曲を出し、今も尚ファンに愛され続ける彼女は、40歳という年齢のまま、メディアの中でずっと生き続けています。
多くのPVで自然体だった彼女は、柔らかな笑顔の下で、想像を絶するような病気と闘う運命にありました・・・

ZARD坂井泉水の壮絶な病気と死因の真相は?
子宮頸がんで全摘、肺への転移、抗うつ剤そして脳挫傷・・・

坂井泉水さん、本名蒲池幸子(かまち さちこ)さん。
1967年2月6日に生まれた彼女は、神奈川県平塚市出身です。

出典http://www.flickr.com/

出典http://www.flickr.com/

もうじき、彼女の9年目の命日が訪れます。
彼女のお墓の場所を探している方も多いと思います。命日にお花やお線香を手向けたいと思うのでしょう。

お墓の場所ですが、町田市の東急つくし野駅舎から200mくらいの自宅のすぐ近くだそうです、家の方が歩いてでも行ける距離だそうですhttp://auroranews24.com/archives/1109

お墓の写真を見ると、墓碑に『永遠』の文字が刻まれています。ZARDの曲のタイトルでもありますね。

出典http://zard.air-nifty.com/

出典http://zard.air-nifty.com/

心の中で、手を合わせてご冥福を祈りたいと思います。

さて、彼女の病気について語りたいと思います。
歌手としての活動以前から彼女は芸能活動をしており、モデルや女優としても活躍していました。

出典http://stone-roses.org/

出典http://stone-roses.org/

キャンペーンガールに抜擢されることも多く、ハイレグ姿の画像を今見ることができます。
長い脚もスレンダーなスタイルも、そして顔も、どこもとても美しいですよね。

出典http://www.officiallyjd.com/

出典http://www.officiallyjd.com/

そういえば岡本夏生さんとはキャンギャルの同期だったそうですね。
彼女は岡本さんに、歌手になるのが夢だと語っていたといいます。

ZARDのデビューは1991年。作詞坂井泉水による『Good-bye My Loneliness』がデビュー曲で、ドラマの主題歌でした。

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それからZARDは精力的に活動し、ミリオンヒットを連発という目覚ましい活躍を見せるのですが、歌手デビューから10年も経たない2000年。
彼女の闘病が始まります。

子宮筋腫、卵巣のう腫、子宮内膜症と次々に病気を患い、通院の日々が続いた。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E4%BA%95%E6%B3%89%E6%B0%B4#.E3.83.87.E3.83.93.E3.83.A5.E3.83.BC.E4.BB.A5.E5.89.8D

子宮筋腫、卵巣のう腫、子宮内膜症はいずれも、子宮系の病気ですね。
きっと普段から生理痛もひどかったでしょう。体も冷えていたと思います。
そしてとうとう、2006年4月に子宮頸癌と診断されます。
手術は2か月後、全摘出手術が行われました。

この時、坂井さんは39歳。
結婚はしていませんし、彼氏、熱愛の話もない方でしたが、女性にとって子宮全摘は辛かったでしょうね。

命には代えられなかったのだと思います。

それでも彼女は、大きな決断をしなければならなかったのだと思います。

デビュー前に恋人だったという元カレの神田樹希という人が追悼本を出したことでその存在が明らかになりましたが、デビュー以降、彼女には恋人の影もなく、彼女にとっては歌うことがすべてだったのかもしれません。

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そして、病状は回復に向かっていると思えたその後1年も経たず、がんの転移が発覚。
坂井さんは40歳になる少し前でした。

手術後回復に向かいつつあったものの、2007年4月には肺への転移が発見され再度入退院を繰り返していた。同サイト

彼女が入院していたのは慶應義塾大学病院です。
病室で彼女は、詩を書き、ライブツアーに向けて少しでも活動しようとしていました。

しかし、この頃彼女はうつも患っており、抗うつ剤を服用していたといいます。

病気でうつになったのか、薬でうつになったのか、もともと前から、躁鬱を患っていたのかは、不明です。
女性特有の子宮がんや女性に多い乳がんが発症した場合、女性はうつ病にかかりやすくなるそうです。NAVERまとめ http://matome.naver.jp/odai/2142001812919921101?&page=1

そして運命の日です。

5月26日朝5時40分頃、入院先の病院内のスロープから3メートル下に転落し、駐車場で仰向けに倒れているところを通行人に発見される。集中治療室で緊急処置を受けるも、翌5月27日午後3時10分、後頭部強打による脳挫傷で急逝する。wikipedia

40歳でした。

出典http://matome.naver.jp/

出典http://matome.naver.jp/

とても若く、そしてそのため、がんの進行も早かったのでしょう。

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この頃の闘病を取り上げた週刊女性の記事があります。
少し長いですが、引用しておきます。

肺に転移してからが早かったんです。今年4月の再入院の際、精密検査の結果“余命2ヵ月”と親族にだけ伝えられたそうです。
まだ若かったですから、それだけ病魔の進行するスピードも・・・」(坂井さんの知人)
坂井さん本人に、本当の病状は知らされていなかった、という。ガンという病気は、本来、絶対安静が進行を食い止める手立てとされている。
だが、自分の病状を知らない坂井さんは、早い回復と復帰を目指して“体力を落とさないように”と、体調のいい日には散歩を欠かさなかった。ベットの上で、思いついたフレーズや歌詞をノートに書きとめてもいた。まるで、創作活動を心の支えにするかのように・・・。
元気だったころの坂井さんの体重は43キロ前後だったという。しかし、
「再入院してからは、急に体重が減って・・・。亡くなる間際には30キロちょっとまでやせ細ってしまい、歩くときも力なくて、慎重に1歩1歩確認しながら。
治療の影響で、髪の毛が抜けてしまったのも気にしている様子で、帽子をかぶることも多かったですね。これも治療の影響なので仕方ないのですが、顔もむくみがちになってしまうんです。“鏡を見るとタメ息でちゃう”って漏らしていたそうで、うすうす本当の病状に、お気づきになっていたようでした(病院関係者)エンタメScoop http://entameblog.seesaa.net/article/43942490.html

闘病で30キロまで体重が落ちてしまったという坂井さん。

事務所の公式発表は『事故』でした。

しかし、坂井さんが転落した場所は病院の非常用スロープです。
重病の患者が早朝に非常階段に向かったとなれば、自殺の可能性を考えることも自然です。
実際に警察は自殺と事故の両方で捜査をしていたらしいですが、結果は公にされていません。
一説には、本当は自殺だったけれど、自殺としてしまうことで、後追いをするファンを出さないよう配慮されたという見解もあります。

死因は脳挫傷でしたが、その真相は謎のままです。

再び長くなりますが、当時の記事を引用しておきます。

【27日に脳挫傷で急逝した人気音楽ユニット「ZARD」のボーカル、坂井泉水さん(享年40、本名・蒲池幸子)の死因にさまざまな憶測が飛び交っている。ある音楽関係者は「身辺整理をしていなかった。詞を書くなど、復帰に前向きだった」と自殺説を完全否定するが、入院先の病院関係者は「自殺しかあり得ない。病院側の管理責任が問われる」と明かす。滅多に表舞台へ姿を見せず、謎の多かった孤高のシンガーの最期は深い闇に包まれている。

自殺と事故の両面で調べを進める警視庁によると、坂井さんは26日午前5時40分ごろ、東京・信濃町の慶応大学病院の駐車場で、頭から血を流してあおむけで倒れているところを通行人に発見された。坂井さんは病棟脇にある非常用スロープ(高さ約3メートル)から転落したとみられている。
慶大病院の関係者は次のように明かす。

「患者があれほどの早朝に、非常通路に出入りすることはない。しかも、雨が降る早朝に散歩することも不自然だ。自らの意思で乗り越えたとしか思えない。状況から考えて自殺ではないのか。病院関係者の多くがそうみている」

坂井さんは現場となったスロープのある病棟の4階に入院していたが、病棟からスロープへは施錠してあるため、直接出入りはできないという。

この関係者は続けて、「患者に自殺を許してしまった病院側に管理責任問題が問われる可能性もある」とも話す。

警視庁の発表によれば、坂井さんが手すりを乗り越えた痕跡が見つかっており、「足を滑らせた」と発表した事務所側のコメントと大きく矛盾している。

一方、音楽関係者は「遺書もなかったし、病室が整理された様子もまったくない。病室では詞を書き留めたり、秋ごろをめどに、ツアーやアルバム製作を予定するなど、復帰にはとても意欲的でした」と真っ向から自殺説を否定する。

坂井さんは発見時、私服で病室のベッドにはパジャマが脱ぎ捨てられていた。さらに、坂井さんはファンクラブの最新の会報にも「体調は思わしくないが、頑張っている」と前向きなメッセージを寄せていたといい、生前、自殺の兆候がなかったことを物語る。

乗り越えたとされる手すりは1階部分で、警視庁では「自殺で3メートルの高さは低すぎる」と漏らす捜査関係者もいる。坂井さんが手すりに腰掛け、誤って転落した可能性も含めて調べているが、目撃者もなく、死因の断定には時間がかかりそうだ。】http://www5f.biglobe.ne.jp/iyatsue/zard.htm

長く続く闘病生活。
落ちていく体重。
抗がん剤治療の苦しさ。
もしかしたらそれが理由で・・・そんなことが思い巡ります。

ところで、ひとつ不思議な情報を見つけました。
坂井さんが所属する事務所の話です。

その女性アーティストの名は秋吉契里、本名を斎藤泉美と言う。彼女は1997年9月にデビューし、活動停止する2001年までに、7枚のシングルと2枚のアルバムを発表している。彼女がデビューしてからのプロデュースを積極的に担当していたのが、音楽制作会社のビーイング社長、長戸大幸。
(中略)
坂井泉水が亡くなる3年前の2004年9月に、斎藤泉美こと秋吉契里は亡くなっている。享年35歳。死因は子宮ガンで、長い闘病生活の末に入院先の神奈川で逝去している。
斎藤泉美は子宮ガン。そして驚くことにもうひとりの“いずみ”、坂井泉水も子宮ガンで入院していた。
(中略)
若くして亡くなったこの2人の横顔を見てみると、驚くほどよく似ている。http://04.mbsp.jp/MobileRank007-34550-d_res.php?n=119741&view=1&page=d3&guid=on

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運命のいたずらか、多くの謎のエピソードを抱えた坂井泉水さん。
松田聖子(本名 蒲池法子)さんと親戚でいとこなのではと言われていましたが、江戸時代のルーツが同じというだけで従姉妹ではないそうです。
また、創価学会に狙われたという都市伝説的な噂もあります。

坂井泉水さんが抱えた壮絶な病気。
そして死因となった真相は永遠に謎のままなのだと思います。

それでも彼女は今でもテレビや動画でその姿を見せてくれ、勇気を与えてくれています。

出典http://blog.livedoor.jp/

出典http://blog.livedoor.jp/

あるインタビューで幸せとは?と聞かれた彼女。
それに対して

「自分の好きなことを、一生やり続けていけることだと思います」

と答えています。
彼女のあの透き通るような柔らかい声が浮かぶようです。

彼女は好きだった歌手という仕事を、その短い一生の間だけではなく、今でも、ずっと永遠にやり続けています。

末筆ながら坂井泉水さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
命日に近い5月の晴れた日に。

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